わたしは2018年に第1種滅菌技師という資格を取り、20年近く中央滅菌材料室という部署に携わっています。そこは、診療に使用した器具をきれいに洗って滅菌するところです。誰かに使用した器具を、別の人に安全に使用してもらえるように処理するのが仕事です。
この「洗浄と滅菌」は、どんな医療施設でも最も重要な大前提となります。汚れが残っていたり病気に感染させてしまう危険な器具は、本来は使ってはいけないことなのです。
ところが、世の中の多くの医療機関における「洗浄と滅菌」が実に曖昧でいい加減なものなのかということを、ほとんどの人たちがわかっていません。医療従事者であっても、です。
ですから、素人の皆さんが、何もご存じないのは当たり前のこと。
わたしは、歯医者さんは自分が管理している病院にしか行きません。わたしの家族もそうです。普通の開業歯科で、どこまで安全なレベルの再生処理を行っているかわからないからです。
「高性能の洗浄器で洗い、最高クラスの滅菌器で滅菌しています」と謳っている病院・医院でも、実際に完璧に洗えて確実に滅菌されているかどうかは、確認・検証されていないのが実情です。
いくら高額の最新機器を使っていても、その機械の性能と実際の稼働状況を確認していなければ、「確実性」は何も保証されていません。
注)ちょっと難しくて面白くない話なので、興味のない方は読まない方がいいです。
おそろしい感染のリスク
もし洗浄と滅菌が不十分だったら、「感染」という大きなリスクが発生します。
厚生労働省から「歯科用のハンドピースは患者ごとに取り換えて必ず滅菌すること」という通達が出されています。
しかし、実際にその手順を遵守している施設はどのくらいあるでしょうか?
H26年5月の読売新聞で、滅菌したハンドピースを患者ごとに交換している歯科は34%しかなかったという事実が報道されていたそうです。
残りの66%は不適切な使用をしているのが現実です。アンケート調査に回答しなかった施設では、おそらく正しい認識と実施はされていない方が圧倒的に多いのではないでしょうか。
そして、ただ手順通りに行っているだけでは、本当に安全な器具に再生処理されているかどうかはわかりません。何の保証も根拠もないのです。
「やってるつもりができてない」ことが普通にあり得るのです。
歯科のホームページを見ると、「ユニバーサル・プリコーション」という言葉を使って安全性を強調しているところがあります。
しかし、このユニバーサル・プリコーションは非常に古い概念で、感染症を持っているとわかっている患者さんだけを区別して特別扱いするもの。ホームページをみると、ユニバーサル・プリコーションではなくてスタンダード・プリコーションの内容が書かれていました。
言葉の意味が完璧に誤解されています。
1996年CDC(米国疾病管理予防センター)が「スタンダード・プリコーション」を提唱して、「ユニバーサル・プリコーション」は危険な行為であるとされました。
- 現代の科学ではまだ検査できない未知の有害な微生物が存在する可能性があること
- 検査で陰性の結果が出ても、実はすでに感染力のある場合があるので、検査結果で判断することは非常に危険だということ
そのような理由で、すべての患者さんが感染症である可能性を持っていると考え、区別せずに安全な対応を行うという方法です。
滅菌してあっても安全ではない
滅菌してあれば、とりあえず安心だと誤解している医療従事者がたくさんいます。
使われた医療器具には、血液などの汚れと一緒に感染性の細菌などが付着します。
これを洗うと、見た目にはピカピカで、手で触ってもざらつきはまったく感じられません。
しかし、顕微鏡レベルのミクロの世界では汚れの中に細菌が生き残っているのです。
それらの細菌は、滅菌すると死んでしまいます。
ところが、その「死骸」が器具にこびりついて残っています。
その「死骸」は人間にとっては「異物」ですから、人のからだに入ると、原因不明の発熱や創(傷)の治癒不全(ちゆふぜん:傷の治りが悪くなること)などを起こします。
昔は、洗浄不良によるそのような健康被害のメカニズムが解明されていなかったので、一方的に患者さんの体調の問題にされていました。
また、汚れが残ったまま滅菌を何度も繰り返すと、積み重なった細菌の死骸で隠れ家ができてしまい、やがてその中は滅菌も消毒もされない状態が発生します。
そうすると、滅菌してあっても、有害な細菌が生きて器具に棲みついていることになります。
これでは、感染を防止することはできません。
これもまた、肉眼では判別できない世界です。
血液などの汚れがついたままの器具を消毒薬に漬けると、有機物が一気に消毒効果を減らしてしまうので、消毒しているつもりが何の役にも立っていないことになります。
同時に、器具の汚れは消毒薬の化学作用で固まってこびりつき、ますます洗っても落ちにくくなり積み重なっていきます。
消毒と滅菌の違い
滅菌は、すべての微生物を完全に殺します。
消毒は、感染すると人が病気になってしまう一部の微生物のみがターゲットであり、全ての微生物を対象としていません。
そして、すべて殺す必要もないのです。
微生物が人にうつって発症するのに必要な数以下に減らす、または、たくさん生き残っていても個々の微生物が弱まっていて感染を起こせない状態にすることが消毒です。
つまり化学薬品の作用によって「一部の細菌の感染力を無くす」ことを消毒といいます。
この滅菌と消毒の区別は、どんな治療に使われる器具なのか、ということによります。
手術などは厳密な無菌操作を行うので、必ず滅菌が必要です。
滅菌と消毒は、法律やガイドラインなどでその基準が明示されています。
ところが、殺菌や除菌には、判断基準がないため自己申告であり広告表示等に関する罰則もありません。
例えば、「牛乳の低温殺菌」の表示があっても、どのくらい存在していた細菌が何%減ったら殺菌といえるのかという決まりがありません。
100万個の細菌のうち、1個でも死んでいれば「殺菌済み」と表示しても構わないのです。除菌も同じです。
安全な歯科や病院を見分ける方法
現実的には、非常に難しいといえます。
ホームページなどで、ある程度のことはわかる場合もありますが、総合病院であっても中央滅菌材料室を紹介している所はほとんどないでしょう。
仮に書いてあったとしても、実際にその通りに正しく実行されているかどうかはわかりません。
そして、やっていたとしても、できているとは限らないのです。
見分けるには、少なくとも次のような重要なチェックポイントがあります。
- 洗浄の重要性を理解している
- 洗浄評価を行っている
- スタンダード・プリコーションを実施している
- 洗浄・滅菌のバリデーションとモニタリングによる管理を行っている
洗浄・滅菌のバリデーションとモニタリングによる管理は、おそらくできている施設はほんの一部だと思います。歯科だけでなく医科の施設も同じです。
これは、
- 作業手順や機械のプログラムが適切であるか
- 機械が正しく設置されているか
- 機械が指示通りに作動しているか
- マニュアル通りに実施されているか
- やっていることが、本当にできているか(求める成果が実現されているか)
という事実を常に確認・監視・結果を記録することをいいます。
感染症法に基づく消毒と滅菌の手引きについて(厚生労働省)
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/dl/20140815_02.pdf
医療現場における滅菌保証のガイドライン2015(一般社団法人日本医療機器学会)
http://www.jsmi.gr.jp/wp-content/uploads/2015/07/Guideline2015ver3.pdf
第1種滅菌技師の試験では、このガイドラインの内容すべてを完璧に理解していなければなりません。
ひたすら勉強あるのみ!
2016年11月の初挑戦は、見事に不合格でした。
2017年12月のリベンジで、筆記試験に合格。
2018年5月に実技講習と試験を受け、念願の第1種滅菌技師の認定資格をもらいました。
りょうこのつぶやきでした。
では、ごきげんよう。